白夜回想 その二

  私は高校を卒業すると、キリスト教のカルバン派の神学校
  に入学した。当時私は熱心なキリスト教徒であり、所属して
  いた教会の牧師から強く勧められていたからである。
  両親は反対したが、私の信仰心はかわらなかった。
  その信仰に変化が生じたのは入学から四年目の頃だった。
  すでに教会では、神学生として牧師と共に「先生」と呼ばれ、
  いくつかの活動を指導していた。指導者の背信は許される
  はずはなかった。私は退学処分となり、教会からも追われ
  ることとなった。
  今まで自分を支配していた世界観を失って、私はうろたえた。
  確かに自由になった。もうすべての行動に束縛はなくなった。
  しかし同時に行動の規範は何も無かった。私はまるで闇夜
  に放り出された幼子のようであった。
  私は新たな世界観を求めて旅立たなければならなかった。
  
  ストックホルムにたむろしている日本人フリーク達は、不良
  外国人であり、その国のやっかい者には違い無かった。
  しかし、私には何かしら新しい行き方をしている人種に思わ
  れた。
  彼らの仲間になるのにそう時間はかからなかった。
  彼らは私を幼子のように扱った。彼らの世界の聖書を、
  1ページづつ慎重に開いて、読み聞かせた。私は、先生の
  前のすなおな子供のように、受け止めていった。

  ストックホルムには、いくつかの「クラブ」と呼ばれる建物が
  あった。クラブには番号がついており、「クラブ 1」「クラブ
  2」のように呼ばれていた。彼らは私を「クラブ 5」に連れて
  いった。「クラブ 5」は古い建物で、倉庫のように見えた。
  入り口には年配の女性が一人いて、1クローネ札を渡すと
  私の手のひらにスタンプを押した。
  中はかなり広いらしいが、薄暗く、前方のステージで演奏
  しているロックバンドの音が耳を打つ。
  2階には食堂があり、ひどく安い値段で食事ができる。
  3階には簡易な宿泊設備があるのだという。
  モリタが私の肩をたたいてタバコのようなものを手渡した。
  火がついている。臭いで、タバコではないことはわかった。
  私は、のどに染みるようなその煙を胸深く吸い込むと、次
  の者に手渡した。
  きゅうにギターの音が鮮烈になった。そのしなるような音の
  渦に私は身をまかせていった。   


                           つづく   

    
   写真  上  当時の筆者
        中  タージマハルトラベラーズの木村夫妻
        下  フリークのジミー(彼は、ジミーヘンドリックス
           の最後のコンサートを見た唯一の日本人だと
           いうことでこの名で呼ばれているらしい。


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